人手不足は海運業だけではなく、造船所でも大きな課題となっています。
こうした背景から、政府の補助事業なども活用しながら、曲げ加工や溶接、塗装など、これまで人の技術や経験に頼ってきた作業の自動化・高度化に向けた研究が進められています。
一方でAIはすでに私たちの身近なところにも広がっている。
文章作成や画像生成、検索、翻訳など、これまで人間が行っていた作業をAIが支援することは珍しくなくなりました。
では、AIは海事産業をどのように変えていくのでしょうか。
特に今後注目したいのが、現実世界で動くロボットや機械をAIによって制御する「フィジカルAI」です。
フィジカルAIが船舶や海運業界にもたらす可能性について考察します。
船そのものが「知能を持つロボット」になり得る
フィジカルAIとは、端的に表現すると、AIが「考える」だけではなく、現実世界を認識し、判断し、機械を動かすものです。
フィジカルAIと聞くと、ヒューマノイドやロボットアームを思い浮かべるかもしれません。しかし、広く捉えれば、AIが現実世界を認識し、推論・判断を行い、その結果をもとに機械などを動かし、学習する仕組みと考えることができます。
ロボットが船を動かすのではなく、船自体が知能を持ったロボットになるイメージです。現在進められている自律制御と混合されやすいため、以下の通り簡単に区別します。
| 項目 | 自律制御・自律運航 | フィジカルAI |
|---|---|---|
| 基本 | 決められたルールに従って自分で動く | 周囲を認識し、AIが判断して動く |
| 例 | 障害物が○m以内なら減速 | 「周囲の船・波・航路等を認識し、状況から適切な行動を判断」 |
| 人間との関係 | 人間の操作を減らす | 人間の判断・能力を補完する |
実際に製油所などのプラント制御や機械の故障予兆検知などの導入がある上、今後は地球から宇宙ステーションや月面基地での作業支援の活用にも期待が高まります。
船舶の場合、運航会社や荷主、港湾、法律との関係上、「知能を持った船」を運航できるようになるまでには、一定の時間がかかることが予想されます。
まずは船舶そのものではなく、ヒューマノイドや自動搬送ロボットなど、個別の業務から導入することが現実的でしょう。
船を動かすのは人間。AIは「人間の能力」を拡張する
どの業界においても、AI活用では安全が最も重視されます。
船舶においても人命や荷物、環境を守るため、現時点では、人間が責任を持って運航し、以下のような人間の弱点をAIが補完するイメージを持っています。
- 不規則や長時間の業務による集中力低下
- 荷役や当直による身体的疲労
- 仕事や人間関係による精神的疲労
- 見落とし・確認不足
- 夜間業務
- 悪天候・視界不良など
人手不足や技術不足が課題となる昨今、業務の省力化・高度化は避けて通れません。
よって、自動車の「アシスト機能」と同じ発想で、「人間の仕事を奪う」のではなく、「人間がミスをする可能性を減らす」ためにAIを活用することで、人手不足だけでなく技術不足も補えると考えます。
例:船員が判断 → AIが危険を検知 → 警告・提案 → 必要に応じて船が補助操作
実際に国内でもブリッジにおける見張り支援や航行解析などの議論・検討が進められています。
AIを「食わず嫌い」しない。まずは使えるところから
AIの進化を観察していると、スマートフォンが登場した頃を思い出します。
「操作が分かりにくい」「アプリが少ない」「従来の携帯電話で十分」などの理由から、利用者は少なかったですが、現在ではスマートフォンを手放せない人も多いでしょう。
AIも同じような過程をたどる可能性がある。いや、もはやAIを手放せない人・会社は多いはずです。
海事産業でも、思いつく限り試せる領域はかなり多いと考えます。
- 法律の調査
- 技術資料の作成
- 報告書作成
- 船員教育・訓練
- 配乗計画
- 整備計画
AIの食わず嫌いはせず、まずは試してみることが重要です。
今後は、新卒・中途を問わず、AIを活用した業務改善や新しい取り組みが求められるようになるでしょう。時代に乗り遅れないためにも、今からAIを試しておく必要があります。
AIは日進月歩で進化しています。
今日できないことが、数年後には当たり前になっている可能性もあります。
だからこそ、海事産業に必要なのは、AIを遠い未来の技術として捉えるのではなく、まずは使ってみることではないでしょうか。
船舶の自動運航やフィジカルAIによる船舶の知能化には、技術だけでなく、安全、法制度、責任の所在など、解決すべき課題も多い。
しかし、人手不足や技術継承という問題を抱える海事産業にとって、AIは単なる流行ではなく、産業そのものを支える技術になる可能性を秘めています。
